2012年05月04日
川俣町のお母さんとの出会い
2011年10月、小谷村で、福島の親子のための短期リフレッシュが行われました。
私はこのお手伝いをしていました。
そのときに親しくなったお母さんに、
「何かできることはありますか。」
と尋ねたら、
「川俣町に来てください。現地をその目で見てください。」
と答えてくださいました。
いつか行こうと思いながら月日が経って、未だに福島に行かないままになっています。
2011年11月から福興カフェHOPEシェアリングというイベントを開催し、長野市にいながらできる復興支援について話し合ってきました。
今、名前をどうしようカフェに変えて、継続して、どんな未来に進んでいくかみんなで考えています。
そこでちょっと思い立って、前述の福島のお母さんに、久々にメールを送りました。
数日後、返事をいただいて、そこには、現地に住む人の心労、心配、不安などが書かれていました。
とてもしっかりした方なので、いつもどれだけ我慢しているのだろうと想像したら、涙が止まりませんでした。
ここでメールの内容を紹介するわけにはいかないので、詳しくは次回のどうしようカフェでお話します。
ぜひ、お越しください。 続きを読む
私はこのお手伝いをしていました。
そのときに親しくなったお母さんに、
「何かできることはありますか。」
と尋ねたら、
「川俣町に来てください。現地をその目で見てください。」
と答えてくださいました。
いつか行こうと思いながら月日が経って、未だに福島に行かないままになっています。
2011年11月から福興カフェHOPEシェアリングというイベントを開催し、長野市にいながらできる復興支援について話し合ってきました。
今、名前をどうしようカフェに変えて、継続して、どんな未来に進んでいくかみんなで考えています。
そこでちょっと思い立って、前述の福島のお母さんに、久々にメールを送りました。
数日後、返事をいただいて、そこには、現地に住む人の心労、心配、不安などが書かれていました。
とてもしっかりした方なので、いつもどれだけ我慢しているのだろうと想像したら、涙が止まりませんでした。
ここでメールの内容を紹介するわけにはいかないので、詳しくは次回のどうしようカフェでお話します。
ぜひ、お越しください。 続きを読む
2012年02月29日
ワインな夕べ(3)こんな司会はじめて
2月26日、ホテル国際21で、井内由佳さんの「わたし、少しだけ神さまとお話できるんです。」という本の出版を記念して『お話の会と交流パーティー「ワインな夕べ」』という会が開催されました。いよいよ私が司会を務めた交流パーティーの話をします。
交流パーティーが始まるまで、しっかり準備してきました。原稿は手を入れて真っ黒になっています。
たくさん緊張もしました。天と地の間に私がいる感覚があります。この感覚があるときは、いつも以上の力を発揮できる。きっと大丈夫。
時計を見ると、そろそろ開始時刻。しかし、まだ半分以上のお客様がパーティー会場に入ってきません。外で本を購入したり、サインをもらったりしています。
この状況で始めるわけにはいかないと思い、主催者に話をして、開始時刻を10分遅らせることにしました。
「開始時刻となっておりますが、まだ会場の外に多くのお客様がおられるため、あと10分ほどお待ちください。」
そうしたら、会場の中にいるお客様から声をかけられました。
「時間厳守でやってくんねぇか。」
「お待たせして申し訳ございません。私の判断では開始できませんので、主催者に確認してまいります。」
外に出てすぐに、主催者とサイン会の列に並んでいるお客様が目に留まりました。主催者にお客様からの言葉を伝え、会場に戻りました。
「お待たせしてまことに申し訳ございません。まだ会場の外にたくさんのお客様がおられるため、みなさまが入り次第、始めさせていただきます。」
お客様は、仕方ないな、という面持ちで、
「なるべく時間を守ってやってくれな。」
と、おっしゃいしました。
「みなさま、大変お待たせいたしました。」と切り出して、パーティーが始まりました。
お客様をお待たせしている、という気持ちが焦りとなって、無意識に話す速度が上がっていきます。おかげで舌がうまく回りません。お聞き苦しい声を届けるわけにはいかない! こんなんじゃだめだ! 心の中でつぶやけばつぶやくほど、焦燥感が増えていきます。
文屋の木下豊さんのあいさつになるまで、私らしくない進行をしてしまいました。ひざがガタガタと細かく震えています。
呼吸を整えて、木下さんの話に集中しました。
ひざが震えているのはしょうがない。大丈夫。この震えが、声に伝わらなければいい。
あいさつが終わってもひざの震えは無くなりませんでしたが、少し落ち着きを取り戻しました。
ちょっと余裕ができて、大久保寛司さんの紹介には少しアドリブを入れました。場内に笑いが起きて、ようやくなんとかなりそうな気がしてきました。
長谷川和廣さんは、この会のテーマになぞらえて、神のお告げで来たとおっしゃっていました。何かに導かれるようにしてこれだけの方がこの会場に集まったとしたら、なんて考えたら、ちょっと身震いしました。もうすでにひざが震え続けているので、これ以上の震えは遠慮したいところです。
小布施ワイナリーの曽我彰彦さんにワインをご紹介いただき、井内由佳さんのだんな様である井内広太郎さんに乾杯のご発声をいただき、ようやくパーティーが始まりました。
ようやく一休みできる、と、言いたいところですが、この後の司会を考えると気持ちが楽になりません。もういい加減、ひざの震えも止まってほしいところです。
入り口の近くに行ったら、時間厳守で、と、おっしゃっていたお客様がお帰りになるところでした。
ああ、そうか。このお客様には時間が無かったのだ。
やむを得ないこととはいえ、申し訳ない気持ちになりました。
何かできることがあったんじゃないか。お客様の事情がわかっていれば、パーティーを始める前の時間をもっと有効に使うことができたんじゃないのか。
この学びは、絶対に今後に生かします。
私とお会いした方はみんな、「いい司会ですね。」と、お褒めの言葉をくださいました。舌がうまく回らないという、はなしものとしては致命的なミスを犯していたので、どうにも恐縮してしまいましたが、みなさまの優しさと思って、「ありがとうございます。」と、お返事しました。
奥田さんのお言葉。
「まぐさんを司会に推薦してよかった。」
花井さんのお言葉。
「まぐさん、アドリブよかった!」
高野さんからのお言葉。
「まぐさんの司会をちゃんと見たのは初めてだけど、なかなかいいもんですね。笠井さんの司会は板についているけど、まぐさんにはまた違った雰囲気があります。」
……過分な褒め言葉と思いながらも、今日くらいは、私なりにがんばった成果として、ありがたく頂戴します。
高野さんに、
「ひざの震えが止まらないんです。」
と言ったところ、ちょっと微笑んで心地よい言葉を返してくれました。
「それは、正しい反応です。」
私としては、こんなにも緊張した司会は初めてで、こんなにもひざが震えたのも初めてなんです。でも、これだけの参加者、講師陣、スタッフを前にして平気でいられたら、そっちのほうが鈍感すぎるのかもしれませんね。
高野さんは、いつも、私の心の支えになるような言葉をくれます。
東京マラソンを完走してそのまま新幹線で会場に駆けつけてくれたやぶちゃん(薮原秀樹さん)にあいさつを頂戴し、そのまま抽選会を行い、ご来場のみなさんのうち数名からメッセージをいただき、終始和やかな雰囲気のままパーティーは終了しました。
ちょっとトラブルがあって、途中からずっと笠井さんが司会を務めてくれたのですが、なぜか私は、この展開を予想していました。特に理由は無いのですが、笠井さんが助けてくれるようなイメージがあったのです。
これも神さまの思し召しでしょうか。
これで終わりにしようと思ったのですが、ちょっとだけ、スタッフの二次会の話に続きます。
2012年02月28日
ワインな夕べ(2)講師のみなさんのおはなし
2月26日、ホテル国際21で、井内由佳さんの「わたし、少しだけ神さまとお話できるんです。」という本の出版を記念して『お話の会と交流パーティー「ワインな夕べ」』という会が開催されました。おはなしの会で、最も心に残ったことを書き記しておきます。
最初は、文屋の代表である木下豊さんのあいさつ。
「著者を独占するのではなく、著者をもっと世に出したいと思っています。」という言葉が印象的でした。
「人を幸せにする会社」という本がありますが、「著者を幸せにする出版社」という本があってもいいかもしれません。著者が活躍すれば、多くの読者が喜びます。そんな循環が起こるような予感を覚えました。
そして、井内由佳さんのおはなし。
本の題名は「わたし、少しだけ神さまとお話できるんです。」であり、世のスピリチュアルブームを匂わせますが、そういった諸々の物とはまったく異なるものであると断言できます。神話の研究者である私からしても、「この本は本物だ。」と、太鼓判を押すことができます。
「神さまは、自分の中にはいません。」その通りです。
「神さまは、困ったときに頼む人を助けてはくれません。」その通りです。
「前世や来世はありません。今を生き抜いたらそれで終わりです。」その通りです。
中でも強烈に刺激を受けたのは、この一言。
「神さまは、優先順位を間違えている人を嫌います。」
家族をないがしろにしてボランティア活動をしても、幸せにはなれないとのこと。頭ではわかっているだけに、胸の奥まで突き刺さりました。
「私のしたことが巡り巡って娘に帰ってきますように。」と思って活動していますが、それも自分の活動を正当化しているだけではないかと、ずっと疑問に感じていました。
「私は幸せになれなくてもいい。」と、開き直るのは簡単ですし、いつもそんなことを思っていますが、それでいいのでしょうか。とても大切なことを見落としているような気がします。
二人目の講師は、日本一のホテル、ザ・リッツ・カールトンの前日本支社長である高野登さん。私のブログでも何度も紹介していますが、私が誰よりも尊敬する人です。
余談ですが、この日の二次会で高野さんたちの前でこの話をしたときに、
「(一番尊敬しているのは)奥さんじゃないの?」と、笑顔で返されてしまいました。このときに高野さんにも言いましたが、家族は別格なんです。妻は間違いなく偉大な人ですが、身近な人を尊敬し続けるのは疲れてしまいます。
高野さんは、生まれ育った戸隠の話をしました。人口密度が疎であるのに誰とも疎遠にならない世界。ホスピタリティの根源は、きっとここにあるのでしょう。いろいろなものが便利になってきて、人間関係まで効率的になってきたような気がします。もっともっと非効率であることの良さを見つめていきたいものです。
そして三人目は、菓匠Shimizuの清水慎一さん。夢の美しさ、人を喜ばせたいという気持ちの大きさ、菓子職人としての技術の高さなど、どれをとっても超一流なのに、壇上に上がって周りを見回して発した第一声が「俺が話すことなんてあるんですかね。」
とても笑顔が素敵で、とても謙虚でした。
あまりに謙虚なので、トークセッションでお客様であるはずの大久保寛司さんが清水さんの夢ケーキについて話をしました。
菓匠Shimizuがある伊那市の隣町で、ある中学生が親を殺害してしまう事件がありました。それについて清水さんは、こう言ったそうです。
「あの事件は俺のせいなんです。あの事件が起きる前の日にうちのケーキを食べていたら、あんな事件は起きなかったはずなんです。」
もうこんな悲しい事件を起こしたくないという気持ちが、夢ケーキの始まりだったといいます。きっと、この話を聞いた多くの人が、清水さんは関係ないじゃないかと思うでしょうね。でも、私には清水さんの気持ちがわかりました。私も同じようなことを思ったことがあります。
二次会で、清水さんに言いました。
「どうしても清水さんに聞いてもらいたいことがあるんです。」
清水さんは、私の顔をじっと見て、聞いてくれました。
三年ほど前、秋葉原でとても悲しい事件がありました。清水さんも、きっと覚えていると思います。あの事件があったとき、私には被告の孤独感のようなものがわかりました。
「どうして事件の前に話を聞いてやれなかったんだろう。私には彼の気持ちがわかるのに、どうして何もできなかったんだろう。あの事件が起きたのは、私のせいだ。」
って、一晩中、声を上げて泣きました。
私と被告との接点はまったくありません。だから、こんな話をしても、
「まぐとは関係ないじゃないか。」
って言われると思います。でも、私には無関係じゃないんです。何かできたはずなのにできなかったという無念と、言いようのない自責の念が、はなしものとして活動する原動力になっています。
清水さんは、「わかるよ。」と言いました。そして、こう付け加えました。
「多くの人には理解されないかもしれない。でも、それをわかっている人たちが世界を良くしていくんだ。」
最近、はなしものってなんだろう、って思うことがあります。清水さんや高野さんと話しながら自分のやってきたことを振り返っていたら、一つ、答えが見えてきました。
「そうか。誰よりも話を聞く人のことなんだ。」
この答えにたどり着いたのは、交流パーティーで薮原秀樹さんに会ったからかもしれません。今度、わもんについてお話をおうかがいしたいと思っています。
というわけで、交流パーティーに続きます。
2012年02月27日
ワインな夕べ(1)私が司会でいいんですか?
2月26日、ホテル国際21で、井内由佳さんの「わたし、少しだけ神さまとお話できるんです。」という本の出版を記念して『お話の会と交流パーティー「ワインな夕べ」』という会が開催されました。この会の20日前、2月6日にスタッフミーティングが開かれました。この日、スタッフの一人から発せられた一言で、交流パーティーの司会が決まりました。
「スタッフに、はなしものという方がいますよね。」
そうか、その手があったか、という期待を感じ、これはやばいぞ、と、思いながらもお引き受けしました。
司会を引き受けたとき、心に決めたことがあります。
「期待以上の司会をしよう。」
期待通りの仕事は凡人のすること。私のような変わり者は、期待を大きく上回るか、大きく下回る働きをしなければなりません。私は、信念を持って変わり者であろうとしているくらい変わり者なのです。
ちなみに、おはなしの会の司会は、h-plan temahimaの笠井宏美さんに最初から決まっていました。笠井さんなら大丈夫と、誰もが納得する人選です。
「私に何かあっても、笠井さんがいれば大丈夫」と、私も安心していました。
笠井さんだけではありません。同じくh-plan temahimaの一員であり創業100年以上の布団屋の四代目である箱山正一さん、小布施町立図書館まちとしょテラソの館長である花井裕一郎さんとテラソのスタッフ、修景事業の西山哲雄さん、手作り菓子工房MimiEdenの宮下彩花さん、奥田夫妻、草間さん、木下さんのご家族……。素晴らしいスタッフによって運営されています。その一員であることに、体の奥底から喜びが湧き上がるのを感じました。
当日が近づいてきて、主催者の文屋さんから連絡が来ました。
「お客様がすごいことになっている。」
「社長のノート」といったベストセラーの著者として知られる長谷川和廣さん、「考えてみる」など数々のビジネス書を著している大久保寛司さん、人材育成コンサルタントであり、「わもん -聞けば叶う-」の著者である薮原秀樹さん。講師としてお呼びするような方々がお客様として参加されるというのです。
「このみなさんを喜ばせよう。そうすればきっと、文屋さんも喜んでくれる。期待以上の働きができる。」
気持ちが高揚し、緊張が増していくのを感じました。高まって高まりきって頭が爆発しそうになりました。でも、どうすればいいか結論が出なくて、どうしようもなくて爆発しそうになったとき、ふと思いました。
「一滴の潤滑油でいいんじゃないか。」
たった一滴でいい。それだけで会は見事に進行していく。お客様に恵まれているというのは、そういうことではないか。そんなイメージが浮かびました。
私は、大切な役を受けるとき、わざと事前に緊張するようにしています。考え得る限りたくさんの恐怖を自分に突きつけて、心を痛めつけておきます。そうしておくと、本番までには緊張が無くなります。
……私としてはとても有効な方法ですが、あまり健康的ではないのでお勧めはしません。また、一言では説明しづらいので、これについて興味のある方はご連絡ください。
当日を迎え、会場の準備が完了し、次々とお客様が入ってこられました。会場は超満員。一人一人が素晴らしい方であることは、私でもわかります。緊張が戻ってきましたが、これも本番までの修行だと思い、震えそうになる体をそのままにしていました。
おはなしの会に続きます。
2012年02月07日
お話の会と交流パーティー「ワインな夕べ」
2月26日(日)、ホテル国際21で、井内由佳さんの『わたし、少しだけ神さまとお話できるんです。』という本の出版を記念して、お話の会と交流パーティー「ワインな夕べ」が開催されます。お話の会では、井内由佳さん、高野登さん、清水慎一さんが「気品、愛嬌、美日常」をテーマに話をしてくれます。
交流パーティー「ワインな夕べ」では、「日本ワインの革命児」として名高い小布施ワイナリーの曽我彰彦さんが案内人を務め、曽我さんが魂を込めたワインたちを味わいながら、交流を楽しむことができます。また、せんえつながら、交流パーティーでは私が司会を務めさせていただきます。
これだけのコラボイベントはなかなかないと思いますので、オフ会がてら、ぜひ、ご参加ください。なお、席数に限りがありますので、早めの申し込みをお勧めします。
国際21で、みなさんとお会いするのを楽しみにしています。
ひょっとしたら、誰よりも私が楽しみにしているかもしれません。




